Made for Life_Technology

「人にやさしいMRI」を目指して

静音化への挑戦

静音化技術「Pianissimo機構」

開発者インタビュー

磁場と電波を使うことで、被ばくのない画像診断ができるMRI。今や画像診断には欠かせない医療機器ですが、「うるさい、せまい、検査時間が長い」という3つの課題が患者さんにとって検査のハードルになっていました。キヤノンメディカルシステムズでは、この「うるさい」という課題にいち早く着目し、静音化への取り組みを進めています。1999年に製品化され、現在も進化を続けるMRI静音化技術「Pianissimo」機構の開発秘話を紹介します。

取材日:2023年2月1日(キヤノンメディカルシステムズ株式会社 本社)

Interview member

CTMR事業統括部
MRI開発部
副部長

金澤 仁

CTMR事業統括部
MRI開発部
機構開発担当 主幹

勝沼 歩

MRI装置とは

MRI装置とは

磁場と電波で撮像する、X線被ばくのない画像診断装置

大きな磁石による強い「磁場」と、ラジオに使われているような「電波」 によって人体の断層画像を撮像するMRI装置。X線被ばくがなく、小児でも安心して検査を受けることができます。ドーナツ型の形状に隠された、キヤノンの画像診断技術が、疾病の早期発見に貢献しています。

MRI装置のしくみ

MRI装置のしくみ

MRI装置は、大きく分けて、強力な磁場を発生させる超電導磁石、電波を送信する高周波コイル、磁場に変化を与える傾斜磁場コイル、体内からの電波を受信する受信コイル、患者さんをドーナツ型の装置の中に運ぶ寝台の5つから構成されています。磁場と電波、そして人の体の約7割を占める水分にも含まれる「水素原子核」という物質の性質を利用して、体の縦、横、斜めなど自由に断面画像を撮像できます。

静音化技術 Pianissimoとは

X線被ばくがないという利点がある一方で、検査時間が長い、騒音が出る、といった課題があるMRI装置。患者さんや医療従事者の負担を軽減するために、キヤノンは、より早く、確実に、快適なMRI検査を行えるようMRI装置を技術で進化させています。騒音は、大きな磁石の内側にある傾斜磁場コイルに電流が流れるとき、フレミングの左手の法則に従って生じた力が傾斜磁場コイルを振動させ、磁石本体などにその振動が伝播することによって装置全体から発生しています。キヤノンの静音化技術「Pianissimo機構」は、音を発生させる傾斜磁場コイルに真空層を使い当社比で音の伝播を90%カット。静かな検査により、患者さんの負担を軽減しています。

静音化技術 Pianissimoとは

撮像性能の向上に伴い騒音レベルも問題に

静音化技術開発の発端は、共同研究を行っていた国立がん研究センターとの定例会でのこと。当時の放射線診断部長から「MRI検査時の音がきつく、患者さんが困っている」という発言があり、静音化プロジェクトの構想がスタートしたといいます。開発が始まった1995年当時、MRIを取り巻く状況はどのようなものだったのでしょうか?ソフトウェア(シーケンス)の開発を担当した金澤氏に聞きました。

金澤「技術の進歩に伴い、より診断に有効な精度の高い画像を撮像するためのMRI開発に各メーカーは躍起になっていました。特に高い傾斜磁場性能が必要な撮像の場合、条件によっては115dB前後にも達します。これは飛行機離着陸直下での騒音に匹敵する音量であり、耳栓を着けたとしてもかなりのストレスです。検査中、音に驚いて体が動いてしまうことや、心拍数が上昇し画像に影響が出るなど、場合によっては中断せざるを得ないこともありました。そのため静音化のニーズは高まっており、さまざまなメーカーでソフトウェア(シーケンス)の改良は進んでいましたが、静かになる代わりに画像が劣化してしまうなどトレードオフの関係でした。」

勝沼「そこで、私たちが取り組んだのは『人にやさしいMRI』の開発です。ソフトウェアだけでなくハードウェアから見直すことで、画質に影響しない静音化の実現を目指しました。開発視点では他社にはない付加価値の高い製品をつくるということになりますが、その根底にあるのは患者さんにとって快適な検査ができる装置をつくりたい、という想いでした。」

静音化技術の開発コードは「エメラルド」。「希望」の石言葉を持つ宝石の名を冠したプロジェクトは、かくして始まりました。

騒音のさまざまな要因を1つずつクリアする

入社以来MRI開発に携わり、ガントリの設計などに精通していた勝沼氏。「エメラルドプロジェクト」の中心を担う機構の開発担当として抜擢されました。前例のない技術開発がどのように進んでいったのか、当時を振り返ります。

勝沼「MRIの音の発生メカニズムは、一般のダイナミックスピーカーと同じ原理です。静磁場磁石の中に置かれた傾斜磁場コイルに電流を流すことで線材にローレンツ力が発生し、その電流を断続的にON/OFFすることによりコイルが振動し、騒音になります。これをふまえ私たちがまず取り組んだのは『空気振動伝播を遮断する』というアイデアです。音は空気によって鼓膜が振動することで認識されているので、空気自体の振動を小さくすることで騒音を低減できるのではと考えました。MRIは機械自体が大きく、また高磁場であるという特徴があります。さまざまな制約をクリアできる非磁性の素材で、傾斜磁場コイルを真空密封する手段を検討し試作しました。真空化はなんとかできたのですが、それもつかの間、真空度を上げてもある一定のライン以上は音が小さくならないという壁にぶつかりました。」

音が伝わるメカニズムは1つだけではなく、入り組んだ機構の中で複雑に影響し合っています。各要因がどういった割合で寄与しているのかもわからない中、手探りで対策を講じる日々。当時は静音化に関する要素技術が先にあったわけではなく、本当にゼロからのスタートだったといいます。

勝沼「次に着目したのは『固体振動伝播を遮断する』という方法です。静磁場磁石に取り付けられた部品で傾斜磁場コイルを支持しているため、支持部品が静磁場磁石に直接振動を伝え、増幅されることで二次的な騒音発生の要因になっていました。傾斜磁場コイルを支える部品を独立させ、静磁場磁石に触れないようにするためには機構自体を大きく変えることになり構造は複雑化します。さらに傾斜磁場コイルを完全に固定せず柔らかく支える必要があるのですが、コイルの位置がほんのわずかでもずれてしまうと磁場均一性が保てなくなるため、調整は簡単ではありませんでした。」

金澤「そのほかにも、騒音、振動に影響する部品の変更や吸音素材の活用などさまざまな方向から改良を重ねました。さらにサイレントシーケンスというソフトウェアのオプションも開発し、ハードとソフトの両面から静音化にアプローチした結果、体感騒音で約1/10まで低減することに成功しました。試作機で実際に体験したとき、検査音が60dB台まで低減できたことに驚きました。条件にもよりますが、静かな街頭程度の音量になり、撮像室内のコミュニケーションがしやすくなったのを覚えています。」

検査時の騒音が大きな問題に
音の90%カット例(静音効果)

MRIは高性能化するほど撮像音が大きくなり、航空機のエンジン音に相当する騒音になると言われています。Pianissimoは聴感で90%騒音をカットすることができますが、これは距離を40m離れるのと同様の効果です。

業界を驚かせたかつてない低騒音化

約4年間という歳月を費やし、静音化技術『Pianissimo』を搭載した装置が1999年に発表されました。この製品がどのように業界で受け止められたのか、両氏はこう語ります。

金澤「あまりに静かすぎて、自社の営業からも『本当に画質に問題はないのか』といった声が挙がるほどでした。そのため納入先の病院に足を運び、以前の装置で検査した人を同じように撮像して画質に問題がないこと、またそれぞれの病院の装置が安定して画像が撮れていることを確認して回りました。医療機関の方もたくさん見学に来てくださいましたが、あるアメリカの方が音を聞いた瞬間『congratulations!』とガッツポーズをしたのは嬉しかったですね。」

金澤「イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンという世界屈指の理系大学でMRIの騒音レベルを比較するレポートを出しており、第三者機関の調査ということで業界では信頼されていました。Pianissimoを搭載した装置も調査していただいたのですが、当時の装置の中でずば抜けて低騒音であると発表されたときは、とても誇らしい気持ちでした。」

『人にやさしいMRI』はこれからも続く目標

静音化を実現した今、MRIはどのように進化していくのでしょうか?今後の展望を聞きました。

勝沼「今でも営業所や広報室に、キヤノンのMRI装置が静かだと知った一般の方から『どこの病院に行けばキヤノンのMRIで検査ができるのか』という問合せをいただくそうです。かつてMRIに苦手意識を持った方が検査を受けられるようになり、病気の発見や治療に役立っているとしたらこれほど嬉しいことはありません。低騒音化を皮切りに、短軸化・大口径化による圧迫感の解消や、検査中に映像を流す機能の追加など、ここ10年で患者さんの快適さへの意識は高まり、開発が進んでいます。これはまさに『人にやさしいMRI』をつくりたいという想いが業界全体に広がっているということであり、今後も目指すべき目標なのだと考えています。」

金澤「最近では新型コロナウイルスの感染拡大もあり、価値観の大きな変化=パラダイムシフトが起こっていることを痛感しています。求められるものは移り変わっていきますから、その時代ごとに必要とされる装置をこれからもつくっていきたいですね。」


「患者さんにやさしい」技術でMRIを
ストレスフリーな検査へ
順天堂大学医学部附属順天堂医院

Pianissimoが搭載された装置の登場により、実際の医療現場ではどのような変化が起こったのでしょうか?複数メーカーのMRI装置を導入し、数多くの検査を行っている順天堂大学医学部附属順天堂医院の佐藤氏に、その効果を伺いました。

取材日:2023年2月21日(順天堂大学医学部附属順天堂医院)

Interview

順天堂大学医学部附属順天堂医院
放射線部・副技師長
診療放射線技師

佐藤 秀二

順天堂大学医学部附属順天堂医院

騒音レベルの高い検査でも優れた静音性能を体感

私は当院で15年以上MRI装置に携わってきましたが、2010年にPianissimoを搭載した装置が導入されたとき、実際にその静かさには驚きました。撮像方法によっては通常キンキンした鋭い音がするのですが、それがこもったような柔らかい音に変わっており、静音化性能の高さを体感したのを覚えています。撮像条件などもあり一概には比較できませんが、同じ1.5テスラの装置と比べてもその差は歴然としていました。

クオリティと快適さをトレードオフにしない検査

病院の使命は病気を見つけて診断することです。それを当たり前に行うために、我々放射線技師はMRIのポテンシャルを引き出し精度の高い画像の撮像を追求します。また当院ではハイレベルな研究にも参加していますが、求められる高精細画像を撮像するには高い傾斜磁場が必要です。高い傾斜磁場になるほど音が大きくなる傾向がありますが、キヤノンの静音化技術により画質と音をトレードオフにせず、患者さんが安定した状態で検査を行えることは大きなメリットです。

当院では10年以上にわたりフォローアップしている患者さんもいますので、たびたびMRI検査を受ける方も珍しくありません。検査に恐怖心を持っている方や、音に敏感な方にはPianissimoが搭載された装置を使用するようにしています。静音化によって以前はできなかった検査ができるようになった、という事例も実際にあり、散々音について文句を言っていた方が、検査後には寝ていた…なんていうこともありました。今は簡単に情報を得られる世の中ですから、患者さんの中にはMRI検査について調べられている方もいて『静かなMRIで検査がしたい』と指名されることもあります。

検査のハードルを下げることで的確な診断と治療を可能に

特に乳幼児に関しては、静音化技術があることで検査の成功率に大きく寄与していると感じます。検査自体ができない場合、原因を特定できず患者さんやその保護者は不安を抱えたまま過ごすことになります。検査をして結果がわかり、先を見通せることは治療において大切なこと。スムーズに検査ができ、短時間で終われば鎮静をする場合でも薬の量を抑えることができます。

ニーズが高まるMRI検査。快適さは今後も課題に

技術の進歩と共にMRIのニーズは増え続けており、当院の1日の検査数は約170~190件にのぼります。私たち放射線技師はタイトな時間の中でも十分な検査を行い、主訴を理解しつつ診断の決定打となる画像を撮像し、臨床医につないでいくことが求められています。そのためには患者さんにとっても医療従事者にとっても負担が少なく、かつ精度の高い検査ができることが重要です。キヤノンのMRIは静音化という点で一歩先を行く存在ですが、MRIがストレスフリーな検査になるよう、AI技術やその他さまざまな技術を駆使し、今後も患者さんにとって優しい装置を開発してもらいたいですね。