未来を担うこどもたちへ
やさしく実直な小児医療への取り組み。

case04 神奈川県 神奈川県立こども医療センター 様

知らないことを体験する。しかも、それが痛いかもしれないし、怖いかもしれない。良くないことが未来に起こりそうなときは、誰もがその事態を敬遠したくなるはずです。これは、こどもたちが医療行為を受ける前の心境そのもの。こどもは大人と異なり、言葉で説明されただけでは理解できず、検査や治療などの医療行為を受けることが難しいケースが多くあります。

こどもが医療行為を受ける際に、一人ひとりに合わせた説明や配慮を行う「プレパレーション」を時代に先んじて取り組んできたのが神奈川県立こども医療センターです。

子どもたちの不安をケアすることから
明るい未来をつくる小児用MRIのプレパレーション。

プレパレーションは、一本の注射から大きな手術まで、こどもに対するあらゆる医療シーンの中で登場します。対象は、幼児期から思春期までと幅広く、中でも5歳前後のこどもには、特に丁寧なケアが求められています。 その理由は、ある程度の言葉を認識できるにも関わらず、これから行う医療行為の説明を理解できないケースが多く存在するからです。
特にMRI検査は、30分から1時間程度も装置の中で動かずに、一人でじっとしていなければなりません。じっとしていることが難しいこどもには、鎮静剤を使用する場合もありますが、それはリスクを伴うものです。
なぜ、動いてはいけないのか、なぜこんなにも大きな装置の中に入らなければならないのか、絵本や人形などを用いて説明しても、こどもは理解することが難しく、医師や看護師、技師など多くの医療スタッフの多くの労力を必要としています。
このような課題を解決するため、神奈川県立こども医療センターとキヤノンメディカルシステムズで協力し「小児用のMRI検査説明用動画」を制作しました。この動画はすでに他の医療機関でも活用され多くの反響をいただいています。
そこで今回はキヤノンメディカルシステムズの社員を交え、神奈川県立こども医療センターの先生方に小児医療におけるMRI検査の重要性やプレパレーションの必要性、動画制作への思いなどを伺いました。

DATA 神奈川県立こども医療センター

所在地
〒232-8555 神奈川県横浜市南区六ツ川 2-138-4
診療科
総合診療科、救急・集中治療科、血液・腫瘍科、内分泌代謝科、感染免疫科、 遺伝科、輸血科、アレルギー科、神経内科、循環器内科、外科、整形外科、リハビリテーション科
形成外科、脳神経外科、心臓血管外科、皮膚科、泌尿器科、眼科、耳鼻いんこう科、放射線科
歯科、麻酔科、病理診断科、児童思春期精神科、新生児科、内科(母性)、産婦人科、放射線技術科
検査科、薬剤科、栄養管理科、臨床工学科、臨床心理科、言語聴覚科、理学療法科、作業療法科
病床数
430床(小児ICU10床、小児HCU14床+29床の計43床、新生児病棟54(NICU27床)。児童精神科40床、重症心身障害児施設40床、肢体不自由児施設50床を含む、養護学校を備えた小児専門病院)

Made for Life Special case04 「未来を担うこどもたちへの医療」

正確な診断から、最適な治療法を導き出す。
そのための第一歩は画像診断装置による検査。

座談会参加者

神奈川県立こども医療センター
放射線科部長
相田典子 先生

神奈川県立こども医療センター
診療放射線技師
伍成文 先生

キヤノンメディカルシステムズ
国内営業本部長
森田一夫

キヤノンメディカルシステムズ
クリニカル営業推進部 部長
保坂健一

キヤノンメディカルシステムズ
MR営業部 部長
鈴木利治

キヤノンメディカルシステムズ
MRIアプリケーション担当(ファシリテーター)
磯野沙智子

〜こどもに最適な画像診断検査の手法とは〜

まずはCT検査という考え方は
こどもの医療において通用しない。

相田先生
検査において制約がない状態では、どうしても医師は短時間で検査が行えるCT検査に頼ろうとします。

しかし、それは大人が対象のときの考え方。当然、こどもは大人よりも、X線被ばくに対する感受性が高く、将来的なリスクが高い。先々の人生を考えるほどに、「まずはCT検査」ではなく、「可能な限りMRI検査や超音波検査」を選択することになります。神奈川県立こども医療センターでは、2010年からCT検査からMRI検査を優先させる取り組みを強化し、こどもたちへの負担を減らす診療と検査を行なってきました。
神奈川県立こども医療センターにおける画像件数推移
このグラフは、神奈川県立こども医療センターで行われたCT検査とMRI検査と放射線科医が行う精査の超音波検査の数を推移で表したものです。
青色がCT検査、オレンジ色がMRI検査で、2010年当時は 53%をCT検査が占めていましたが、2019年実績では、3分の1程度以下まで減少させることができました。それだけ、こどもたちの被ばく量が減っていることを意味します。
取り組みを始めるにあたり、さまざまな科の医師や技師に、趣旨を説明しました。多くの医師たちが、賛同して行動に移してくれています。他の施設から来られた医師の中には、CT検査から入る方もおられましたが、後の患者さんの人生を考えた医療について丁寧に説明してきました。
研修医の先生も、今では必ず相談に来られ、私と一緒に診療や検査の方針を決定しています。二重三重のチェック体制を構築することで、やっとここまで辿りつきました。当院は限界近くまでCT検査を減らしていると思います。
CT検査は、寝台に寝て、撮影して、寝台から降りるまでが短時間です。本当にじっとしていなければならない撮影時間自体は数秒です。しかし、MRI検査は当病院のように精査まですると30分以上、検査内容によっては60分以上を要することもありますから、大人でも辛い検査。こどもたちは、言わずもがなです。
MRI装置の中で1時間もの間じっとしているというのは、こどもたちはとても苦痛で不安になります。ですから、MRI検査においてプレパレーションの重要性は非常に高いです。こどもたちに正しく「これから起こること」を伝えられるように、チーム一丸となって取り組んでいるのです。
~より良い検査結果を生むための準備~

未知という恐怖を取り除き
真摯に「なぜ」に答えるプレパレーション。

伍先生
大前提として、プレパレーションをしているこどもと、していないこどもでは、良い画像を得られる確率がまったく異なります。さらに良い結果を得られる可能性が高いのは、保護者と一緒にプレパレーションを受けたこどもたち。私たちがいくら丁寧に伝えても心に届かないことがありますが、同じ説明でも保護者から伝えてもらうと、非常にスムーズです。ですから、外来で来られた時は、親子で一緒に座ってもらって、そこから説明を始めるという形態をとっています。
ここで、こどもと保護者を別にして説明してしまうと、こどもは自分一人だけどうしてこんな話を聞いているのだろうと疑問を持ってしまいます。また、実際に装置が想像以上に大きいことや、検査中に大きな音がすることに驚いてしまうこともあります。
これから行われる医療行為の説明が難しいこと以前に、もっと根本的なところに怖さや疑問が出てくる。だから、効果的なプレパレーションができなかったのだと動画の制作に携わって改めて感じました。
相田先生
医師はプレパレーションについて直接的には関わっていません。当院では、予約した時に担当の医師が検査の必要性を話し、その科の看護師が検査の説明をしています。
しかし、外来はかなり混雑するため、検査内容の資料を渡して読んでおいてくださいという対応をせざるを得ませんでした。そうなると、検査の直前に看護師があらためて説明して、技師が専門的な解説をしてから、すぐに検査となってしまいます。当科では、日ごろから「ウソのない医療」を心がけています。こどもたちは、とにかく病院に来ると不安になります。何をされるか分からない。そのような状態ですから、医師がウソをつくと二度と心を開いてもらえなくなります。
たとえば、注射を打つ時に「痛くないから」と言って打ってしまうと、もうその医師や看護師は信頼されません。そうではなく、「ちょっと痛いけど動かないで。動かなければ一回で済むから」と真実を伝えます。
ウソは言わないという精神の延長線上に、当院のMRI検査などにおけるプレパレーションの方針があるので、おそらく、かなり丁寧に説明している方だと思います。それでも思うような結果を得られないことが多々ありました。
~リアルを追求したプレパレーション動画~

これから起こることを親子で知り
スムーズに検査を受けるために。

相田先生
諸外国を見てみると、特に動画において進んだプレパレーションの取り組みを見つけることができます。たとえば、北米では小児病院の多くが、実際にその病院に設置されている装置を使い、担当になる医師や技師が登場してプレパレーション動画を作成しています。しかも、それがオンライン上にあるため、いつでも、誰でも、何度でもみることができます。このように実際の医療従事者が出演して、かつ日本語で閲覧できるものは、これまでにない状態でした。
伍先生
プレパレーションは主に外来のときから始まり、治療や検査の直前まで続くものです。絵本で検査について知り、人形を使って擬似体験するなど、たいていは病院内で行われてきました。しかし、オンラインで見られる動画は、それらと異なります。保護者と一緒に、リラックスして自宅で見ることができるのです。当然、疑問なども自然と出てくるでしょうし、わからないことも保護者が相手なら素直に聞けます。環境という観点から、動画でのプレパレーションは素晴らしいと感じていました。
相田先生
そこで、メーカーなどに、「親しみを持って学んでもらえるアニメ版と、実際の検査がわかる実写版のプレパレーション動画を協力し合ってつくりませんか?」と打診しました。そこで快いお返事をいただけたのが、キヤノンメディカルシステムズさんです。国内のメーカーが手を挙げてくれたことは、私にとって、とてもうれしいことでした。
ひとつは、やはり日本人同士としてお互いに手を取り合って前に進みたいという思い。もうひとつは、国内に工場があることで、磁場が上がっていないMRI装置を使って安全に撮影ができそうだと思ったからです。セミナーや学会などでキヤノンメディカルシステムズさんと横のつながりがあることも、心強いポイントでした。
保坂
以前、相田先生の講演で「無理やり押さえつけて撮っても、きれいな画が撮れるはずもない」とおっしゃっていたことが、心に残っていました。それが動画制作を進める動機のひとつです。
一回の撮影で良い画像を得るために、患者さんが検査を受ける際の負担を軽減する、静かな撮影環境や閉所恐怖症に対する機能、撮像時間を短縮する機能など技術力の向上に努めています。それも良いプレパレーションがあっての話です。
相田先生
実際にこうして動画が完成してみると、小児科の医師たちや技師の方々がとても喜んでくれます。「これまでになかったのでありがたい」、「スムーズに検査ができました」という声を聞くと、制作して良かったと思いました。
磯野
弊社にも、さまざまな反響が届いています。特に私たちは技師の方々に紹介する機会が多いのですが、「今まで想像もしていなかったけれど、このような動画があると非常に助かる」という声が最も多いです。これは、キヤノン製のMRI装置をお使いの方だけではなく、他社の製品を使っている方からも挙がっている声。業界内のすべての方に向けた目線でつくった甲斐がありました。
8月末に公開してから約2か月。現在の総閲覧数は1万回を突破し、継続的に1日100件以上のペースで伸びています。医療従事者の皆様にSNS等で拡散していただいていることも大きな原動力だと思います。
相田先生
もうひとつ、動画作成の動機があります。それは、こどもたちの保護者にも見てほしいから。人は自分が体験していないことを、うまく説明できません。保護者の年齢は20〜40代ですから、MRI検査を受けた人はほとんどいないのです。ぜひ、保護者の方に動画を見ていただいて、ご家族の中でMRI検査についてお子さんに説明してもらえたらと考えました。
~さらなる画像診断性能の向上に向けて~

画質向上と時間短縮。
どの時代にも求められる課題に挑む。

相田先生
「CT検査からMRI検査へ」という取り組みを進めてきましたが、今後、MRI検査の重要性が減ることはありません。その理由は、これ以上の代替のものがなく、しかも近年のMRI装置がとても進化しているからです。造影剤を使わなくても脳の血流を見ることができますし、代謝物の測定もできるようになりました。期待はさらに大きくなっているので、重要性はさらに増していくことでしょう。
ただ、機能が複雑になっていくと、使いこなせる人を作らなくてはなりません。ファンクション系や機能系は解釈も難しいですし、医師や技師のレベルアップも求められます。複雑になるにつれて、メーカーと一緒にレベルアップに取り組んでいく必要性を感じています。
伍先生
技師としては、やはり撮像時間が短くなることを希望します。患者様の拘束時間も減りますし、検査を希望されている多くの患者様の検査数を増やすことにも繋がります。
鈴木
お話をお聞きして、撮像時間を短くする重要性を痛感します。しかし、MRI装置の歴史を紐解くと、撮像時間の短縮は、何らかの機能と必ずトレードオフの関係になります。その際に影響を受けやすいのは、読影に最も大切なコントラスト。
「本当に必要な画」が撮れなければ、検査自体が無駄な時間になってしまいます。AI技術を取り入れて短時間で高品質な画像を得られるように技術革新、臨床研究を進めています。また、操作性の向上や待機時間の圧縮など、撮像以外の箇所で課題の解決を模索していきます。
相田先生
操作性については改善の余地があると私も感じています。操作でもたついてしまうと、特にこどもの場合は動いてしまいます。本来、MRI装置は小さくて動く対象物が苦手。こどもはまさにその苦手な対象物ですから、私たちがプレパレーションの精度を上げていき、キヤノンメディカルシステムズさんは、さらなる時間短縮を目指すことで、より良いこどもたちのための検査が実施できると考えています。
私たちは撮影にあたり、コイルの準備からプロトコルの作成まで、どんな子が来ても柔軟に対応できるように、相当の事前準備をしています。身長、体重、年齢などを掛け合わせて作ったプロトコルは相当な量ですから、それらを適切に素早く選ぶためには、操作性の良さが必要不可欠なのです。
森田
医師、そして技師の方々が、こどもたちの医療に対して日々さまざまなご苦労をされていることをあらためて感じました。弊社はこれまでも、技術とサービスにおいてレベルアップを実現してきましたが、これからも国内メーカーとして医療従事者の方々と医療の向上を目指す所存です。
相田先生
近年、キヤノンメディカルシステムズさんのMRI装置は、目覚ましい飛躍を遂げ、先行していた海外メーカーに引けを取らない性能になっています。ぜひ、これからもより良いMRI装置を作ってほしいと願っています。
世界的に見て、日本はものすごく放射線科医が少ないのが実情です。良い画が撮れることは前提として、より働きやすい環境を整えないと、将来の成り手にアプローチがしづらいのが現状です。こどもたちの未来がかかっている小児医療の現場の実務も環境も向上させていくために、キヤノンメディカルシステムズさんの今後に期待しています。
CT検査室にて撮影